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東京地方裁判所 平成8年(刑わ)1004号 判決

主文

被告人を懲役一五年に処する。

未決勾留日数中三五〇日を右刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯等)

一  被告人の経歴及び共犯者との関係

被告人は、昭和六三年に高等学校を中退した後は、ホストクラブやディスコでアルバイトなどをし、平成四年ころ、いったん定職に就いたものの長続きせず、いわゆる金融ブローカーの下で、債権の取立てを手伝ったりしていた。

被告人は、同年ころ、債権回収のため、Aの経営する不動産会社に出入りしていた際、Aの大学時代の先輩で、右会社に出入りしていたBと知り合い、また、右会社の役員を務めていたCとも知り合った。

BとCは、平成七年一〇月ころ、フィリピン共和国において、カラオケパブを経営するなどの事業を行う計画を立てていたが、被告人も、同年一一月ころ、右事業計画に加わり、以後、被告人、B及びCの三人で行動を共にすることが多くなった。そして、被告人は、同年一二月ころ、Cに紹介されて、Dと会った。

二  犯行に至る経緯

被告人は、同月中旬ころから、B及びCと共に、右事業計画の準備のための視察などと称して、東京都武蔵野市所在のフィリピンパブ「甲野」で頻繁に遊興にふけるようになったが、同月二六日ころ、「甲野」において、被告人、B及びCが、Dを呼び、四人で飲食している席上、Dから、勤務している乙山産業株式会社経営の居酒屋「乙山亭」で店長らに冷たくされていること、また、「乙山亭」の売上金を店から乙山産業の事務所に運んでいること、乙山産業の代表取締役Eの銀行口座には一〇〇〇万円くらいの預金があることなどの話が出た。それを聞いたBは、「それじゃあ、その売上金と通帳を持って出ればいいなあ」などと言い、他の三人も相づちを打ったが、その時はそれ以上話は進まなかった。

ところが、被告人は、まとまった金が入れば新しい仕事ができるなどと考えていたこともあって、平成八年一月になってから、右の売上金及び預金通帳等を持ち出す計画について、B及びCと話し合うようになり、その結果、DがEに睡眠薬を飲ませて眠らせてから、被告人が事務所に入って売上金及び預金通帳等を持ち出し、その後、右預金通帳等を使用して、Eの銀行口座から現金を引き出すなどという計画が練られ、右計画を持ちかけられたDもこれに賛成した。

被告人らは、同月二二日深夜、右計画を実行することとし、Dが、同月二三日午前一時ころ、同都渋谷区《番地略》「丙川」六二七号室の乙山産業事務所に赴き、Eと雑談するなどしながら隙を見て睡眠薬を飲ませようとしたが、失敗し、Eは薬を飲まずに眠った。この間、被告人、B及びCは、「丙川」付近路上に駐車中の自動車内で待機していたが、同日早朝、DからEが眠ったとの連絡が入ったので、被告人が、右事務所に様子を見に行ったところ、Eは睡眠薬を飲んでいないようであったので、被告人らは右計画を断念した。

その後、被告人、B及びCは、同都新宿区西新宿一丁目一三番八号「ドトールコーヒーショップ西新宿一丁目店」付近路上に停車中の自動車内において、再び、売上金及び預金通帳等を奪おうなどと話し合い、睡眠薬がもうないため、前記計画を変更して、被告人が、EとDが事務所に入室する際、Dを突き飛ばし、その勢いでDがEを倒したところに踏み込み、Eをガムテープで縛り上げて、売上金及び預金通帳等を奪うなどを決め、Dが右事務所から出てくると、一緒に「ドトールコーヒーショップ西新宿一丁目店」に入り、Dに右計画を持ちかけたところ、Dもこれを了承した。

被告人は、このような経緯で、B、C及びDとの間で、Eから売上金及び預金通帳等を強取し、さらに、右預金通帳等を使用し、内容虚偽の預金払戻請求書等を作成、提出して、預金払戻し名下に金員を騙取する旨の共謀を遂げた。

(罪となるべき事実)

被告人は、B、C及びDとの間の右共謀に基づき、

第一  平成八年一月二四日午前二時一〇分ころ、東京都渋谷区《番地略》「丙川」六二七号室の乙山産業株式会社事務所において、同社代表取締役E(大正一一年五月八日生、当時七三歳)に対し、被告人が、多数回、手のひらでその顔面を突いたり、手けんで腹部を殴打するなどした上、その首に腕を回して、みぞおちを数回ひざげりし、Eをその場に倒して、その胸腹部に飛び乗り、さらに、その両手首を所携のガムテープ等で緊縛し、鼻口部等にガムテープを幾重にも張りつけた上、両足首もガムテープで緊縛するなどの暴行を加えて、その反抗を抑圧し、同人所有又は管理に係る現金二五万八八三〇円、預金通帳一通、印鑑一本、印鑑ケース一個、札入れ一個、小銭入れ一個、運転免許証一通、免許証入れ一個及び鍵一個を強取したが、右暴行により、そのころ、同所において、同人を鼻口部及び胸部圧迫により窒息死させ、

第二  同日午前九時五分ころ、同都新宿区高田馬場一丁目二六番五号FIビル一階株式会社東海銀行高田馬場支店において、行使の目的を持って、ほしいままに、被告人が、黒色ボールペンを使用して、同支店備付けの預金払戻請求書用紙の金額欄に「2254000」、店番欄に「631」、口座番号欄に「《略》」、おなまえ欄に「E」と各記入し、お届印欄に右強取に係る「E」と刻した印鑑を押捺し、もって、E作成名義の預金払戻請求書一通(平成八年押第八六四号の1)を偽造した上、そのころ、同所において、同支店係員F子に対し、これをあたかも真正に成立したもののように装い、右強取に係る預金通帳とともに提出行使して、預金の払戻しを請求し、同係員をして、右預金払戻請求書が真正に作成され、E本人による正当な払戻し請求である旨誤信させ、よって、そのころ、同所において、同係員を欺いて現金二二五万四〇〇〇円を交付させた。

(証拠の標目)《略》

(判示第一の罪を強盗致死罪と認定した理由)

一  判示第一の事実に係る公訴事実は、被告人が、Eに対して、殺意をもって、一連の暴行に及び、同人を窒息死させて殺害したというものであるところ、当裁判所が強盗致死罪と認定した理由につき、以下、補足して説明する。

二  検察官が被告人に殺意を認める主な根拠として主張しているのは暴行の態様である。そこで、検討するに、

1  関係各証拠によれば、被告人が加えた暴行として、Eに対し、多数回、手のひらでその顔面を突いたり、手けんで腹部を殴打するなどした上、その首に腕を回して、みぞおちを数回ひざげりし、その場に倒して、その胸腹部に飛び乗り、さらに、その両手首をガムテープ等で緊縛し、鼻口部等にガムテープを幾重にも張りつけた上、両足首もガムテープで緊縛したことなどが認められる。そして、その結果、Eが右暴行に基づく鼻口部及び胸部圧迫により窒息死した事実も認められる。

2  そこで、右一連の行為のうちの、Eの胸腹部等に対する暴行などによりEを倒すという、ガムテープ等で緊縛する前までの行為についてみるに、確かに、右暴行は、人体の枢要部である胸腹部等に向けられたものであり、Eの創傷の程度から推認される打撃の強さもそれなりに強かったものといえるが、いずれも、直ちに死因に結びつくような傷害ではなく、軽傷か中等傷にとどまっていること、手けんでの殴打、ひざげり、体の上に飛び乗るなどといった暴行の態様であることなどからすると、被告人と、身長一六六センチメートル、体重五一キログラム、七三歳というEとの体格差、年齢差を考慮しても、右一連の暴行によって直ちに被告人の殺意を推認することはできない。

3  次に、その後、Eの手を緊縛した状態で、その鼻口部にガムテープを幾重にも張りつけ、両足首もガムテープで緊縛した行為について検討する。

(一) 被告人は、捜査段階から一貫して、事務所の玄関の電灯は最初ついていたが、Eと組み合っている最中に消え、Eの顔面にガムテープを張りつけている際には玄関の電灯は消えていた旨供述している。しかしながら、被告人自身、暴行時の様子について、Eへの打撃部位等も含めて詳細に供述している上、玄関の電灯が消えていたとすると、事務所内は暗闇に近い状態にあったと推認されるが、巻かれたガムテープ等の状態などからすると、Eの両手首をガムテープ等で緊縛し、鼻口部等にガムテープを幾重にも張りつけるといった行為が、暗闇に近い状態で手探りで行われたものであるとは考え難い。また、同じく事務所内にいたDが、公判廷において、玄関の電灯は一瞬消えたがまたすぐつき、その後はずっとついていた旨供述しているが、Dは、興奮して暴行を加えている被告人よりは冷静な状態にあったと認められること、右供述内容に格別不自然な点が認められないこと、Dは何度も事務所を訪れたことがあり、事務所内の照明の状況についても良く承知していると推認されること、玄関の照明について殊更虚偽の供述をする理由もないこと、被告人は覆面のためにストッキングをかぶっていたため、明かるさは、より暗く感じるであろうことなどからすると、Dの右供述は信用できる。以上によれば、被告人がガムテープを張っている際には玄関の電灯はついており、そのため、事務所内はある程度の明るさがあったと考えるのが自然である。

(二) 被告人は、捜査段階から、Eの口に張ったガムテープを指を入れて持ち上げ、さらに、その口の中にも指を入れて少し口を開けさせたと一貫して供述している。検視立会報告書(甲4)等によれば、Eのあごの部分にはガムテープが張りつけられておらず、口部のガムテープも顔面上部に引っ張られた形跡があると理解しうる状態で張りつけられている上、関係各証拠中右供述の信用性を否定するに足りる証拠もない。そこで、被告人に有利に、被告人は供述しているとおりの行為をしたものと認定する。

なお、検察官は、Eの死体の発見時に、口にしっかりとガムテープが張りつけられていたこと、また、Eが窒息するのを防止するためには鼻に張りつけたガムテープを取り除けば足りるのであって、被告人の弁解内容自体が不自然不合理であることを理由として右事実を否定する。しかし、前記のEの口部に張りつけられていたガムテープの状態、また、ガムテープは顔面全体に張りつけられていて、鼻に張りつけたガムテープのみを取り除くのは容易ではないと認められることなどからすると、検察官が主張する事実をもってしても、被告人の右供述が虚偽であると断定することはできない。

4  右に認定した暴行の態様を前提にして、殺意の有無を判断すると、鼻口部等にガムテープを張りつけた行為がEを窒息死させる危険性のある行為であることは明白であり、また、右行為の際、玄関の電灯はついていたと認められるので、その時、ストッキングをかぶっていたとしても、被告人は、右行為自体は認識していたものと考えられるが、しかし、被告人が、実際にEに対して加えた暴行は、計画された暴行とかなり異なっていること、Eの顔面や身体に巻かれたガムテープ等の状態が雑然としていること、その供述からうかがえる犯行時の被告人の精神状態、特に、被告人がEの予想外の強い抵抗にあい、冷静さを失い、思わず予定していた以上の強烈な暴行を加えてしまったことが容易に推認できることなどからすると、その暴行の態様のみから、直ちに被告人の殺意の存在を推認するのは相当ではない上、前記のとおり、被告人は、右行為後、Eの口に張ってあったガムテープを持ち上げ、Eの口を開けていること、事務所内を物色している際には、声を出さないようにするなど、Eが生存していることを前提にした行動をとっていること、E死亡の事実を聞くと、意外であるとの反応を示していることなどを考慮すると、右行為の態様をもって、被告人の殺意を認定するには、いまだ照明が不十分であるといわざるを得ない。

三  検察官は、被告人の殺意を認める根拠として、その他に、被告人の本件犯行遂行に向けられた意思は他の共犯者に比べて極めて強固であったこと、また、被告人が本件犯行以前にEと面識がないことから、Eを死亡させることについて心理的抑制が働く特別な事情がなかったことなどを挙げているが、関係各証拠によれば、確かに、被告人は、本件謀議にも積極的に参加はしているが、その犯行遂行に向けられた意思が他の共犯者に比べて極めて強固であるとまでは認められないし、また、Eと面識がないことも、特段、被告人の殺意を積極的に基礎づける事実とはいえない。

四  なお、被告人の検察官調書(乙25、26)には、未必の殺意を認めているかのような供述が存在するが、いずれも、一般的、抽象的認識を述べているに過ぎないものか、あるいは、暴行終了後における被告人の認識ないし心境を述べているに過ぎず、本件公訴事実のように、暴行を加えている際の犯意としては述べてなく、本件公訴事実に沿う殺意を認めた自白とはいえないものである。

五  以上によれば、右検討の諸点を総合的に考慮しても、被告人の殺意を認定する根拠としては十分ではなく、さらに、関係各証拠を精査、検討しても、他に被告人が未必的にも殺意を有していたと認めるに足りない。

よって、被告人に対しては強盗致死罪の限度でその罪の成立を認めた次第である。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、二四〇条後段に、判示第二の所為のうち、有印私文書偽造の点は同法六〇条、一五九条一項に、偽造有印私文書行使の点は同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、詐欺の点は同法六〇条、二四六条一項にそれぞれ該当するが、判示第二の有印私文書偽造と同行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い詐欺罪の刑(ただし、短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる。)で、処断することとし、判示第一の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の罪につき無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項本文により判示第二の罪の刑を科さないこととし、なお犯情を考慮し、同法六六条、七一条、六八条二号を適用して酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役一五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三五〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が、共犯者三名と共謀の上、現金約二五万円及び預金通帳等を強取し、その際の暴行により、被害者を死に至らしめ(判示第一の犯行)、また、右強取に係る預金通帳等を使用し、預金払戻請求書を偽造し、銀行から現金約二二五万円を払い戻して騙取した(判示第二の犯行)事案である。

被告人らは、事前に、覆面用のパンティーストッキングやマスク、被害者を縛るためのガムテープ等を準備し、被害者と行動を共にしていた共犯者の一人を手引役とし、その行動を報告させて、事務所付近で待ち伏せるなどしており、本件は計画的な犯行である。

しかも、第一の犯行については、高齢である被害者に対して、判示のとおり、多数回、手のひらでその顔面を突いたり、手けんで腹部を殴打するなどした上、みぞおちを数回ひざげりするなどの強烈かつ執拗な暴行を加えたばかりでなく、手足に加え頭部全体にわたり、特に鼻口部等にもガムテープを幾重にも張りつけるなどしたものであって、その態様は極めて危険かつ悪質である。

また、本件各犯行によって、尊い人命が失われ、被害額も、合計約二五〇万円にも達しており、生じた結果は重大である。特に、第一の犯行の被害者Eは、七三歳と高齢であったものの、健康で、代表取締役を務める乙山産業株式会社の経営の立て直しに尽力中であったところを、志半ばで、何らの落ち度なくして非業の死を遂げたのであって、その無念さは察するに余りあり、また、被告人らの凶行により、平和な家庭を瞬時にして破壊され、良き夫、良き父を失った妻及び娘ら遺族の受けた衝撃、悲しみを考えると、誠に同情の念を禁じ得ず、妻が、被告人に対し、極刑を望む心情も至極当然のことといわなければならない。

進んで、被告人個人についてみるに、被告人は、まとまった金が入れば新しい仕事ができるなどと考えて、本件各犯行に及んだものであって、短絡的、自己中心的な犯行で、その動機に特に酌むべきものはない。しかも、被告人は、自ら被害者に対して、共犯者間に予定していた以上の強烈な暴行を加え、死に至らしめるなどの行為に及んでおり、果たした役割は重要である。また、分け前として約九〇万円を取得している。しかるに、被告人は、現在まで、本件各犯行によって生じた右被害について、弁償ないし慰藉の措置を何ら講じていない。

したがって、以上の諸事情に鑑みれば、被告人の刑事責任は厳しく問われねばならず、共犯者中最も責任が重いというべきである。

他方、被告人は、被害者の遺族に謝罪の手紙を書き、公判廷においても、被害者及びその遺族に対して謝罪し、一生かけても罪を償っていきたいと述べるなど反省の態度を示していること、第一の犯行を計画した時点では、被害者が抵抗して、それに対し、被告人が判示のとおりの強烈かつ執拗な暴行を加えることになるとまでは予想しておらず、被害者の死亡という結果には偶発的な側面もあること、被告人には、これまで前科がないこと、被告人はいまだ二五歳と若年であること、また、父親も、公判廷において、被害者及びその遺族に謝罪した上で、被告人の今後の更生に協力する旨述べているなど被告人のために酌むべき事情もある。

そこで、これら一切の諸事情を考慮し、酌量減軽を行った上、主文の刑を科するのが相当であると判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 三上英昭 裁判官 後藤真理子 裁判官 松田道別)

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